月夜はつかつかと歩いて部屋に戻った。夕香が洗い物をしてくれたらしく食器類は片付
けられていた。
「ああ、なんだった?」
「昇格だって、特別任務遂行班に。足りない分は嵐が入るらしい。狸は教官のパシリにな
るそうだ」
「何で昇格って。てか狸それ昇格なの?」
「さあ」
 肩を竦めると嵐の奴に言わないとなとぼやいた。どこにいるんだかと気配を探ると向か
っているようだった。
「あと、引っ越すみたいだ。俺達だけ」
「何で?」
「遂行班の宿舎が別にあるんだろう。流石にいきなりそこまで行くとは思わなかったが」
「いくってどこまで?」
 案の定、嵐が出てきた。その顔には嬉色がある。下ネタ好きだったっけと思い出しなが
ら馬鹿は勝手に言っていろといわんばかりにその顔に拳をたたきつけた。
「どう言う意味?」
「意識失うほどとか」
 夕香が聞いたその言葉の答えに容赦ない夕香の右上段蹴りが炸裂したのは言うまでもな
い。月夜は椅子に座って額を押さえた。これこそ案の定。何故そこに思考が至るのかと思
った。その思考回路こそ理解不能だ。
「いい話だ。お前、昇格だ。俺達と同じ班で行動」
「は?」
 突然の話に嵐は首を傾げた。やっと思考が引き締まったらしく眉をひそめている。それ
を見て特別任務遂行班に月夜と夕香が入り余った席に嵐が入ることになったときっちり説
明した。
「狸の方は?」
 あれ一人になるんじゃないかといいたげなその心配した顔に月夜は顔が綻ぶのを意識的
に押さえた。
「教官のパシリだ。近くにいられるだろうな」
 からかいを含んだその言葉に嵐の顔が微かに赤くなった。それに悪乗りした夕香がニヤ
ニヤと笑って首を傾げた。
「なんか、狸臭いな〜」
「俺は抱いてねえ!」
 ついに切れた。自分が言ってしまった言葉に自分自身驚いて片手で口を塞いでいる。や
っぱりなと思いながら月夜は洩れそうになる笑みを押し殺して溜め息を吐いた。
「まあ、このことは俺達の秘密だ。まあ、借りだな。まあ、平気だろうよ。教官も教官辞
めて遂行班に入るらしいし」
「え」
 その顔が嬉しそうだった。これで確定した。この狼さんは、ドジで、間抜けで、あほな
狸さんに惚れています。その嵐の表情の変化に夕香は驚いていた。しばらく月夜のからか
いと嵐の初々しい反応が楽しめそうだ。夕香はその二人を見て思った。そして嵐は、案の
定、初々しい反応を見せていた。が、機嫌を悪くしたのかそっぽを向いて二人の目の前で
言ってのけた。
「お前らの関係は何処まで行ってんだよ?」
「俺達の?」
「あたしたちの?」
 綺麗にはもっていた。それに驚いて互いの顔を見つめてそっぽを向いた。それこそ初々
しい。まだ、互いの気持ちを知らずに互いに惹かれている恋人の反応だ。そして、その言
葉で自分への攻撃がなくなったことに嵐は安堵していた。
「ほらほら、なんかシたのか?」
 その「シ」に何かの期待が込められているのを感じて夕香は俯いた。月夜はそっぽを向
いて何かしたっけと思い返し、ふと思い出した。あれは衝動的だったとはいえ一回、また
不可抗力とは言えどももう一回の、二回この柔らかい肢体を抱き締めたのだ。慌てて赤く
なった顔を隠そうとしたが嵐には隠せないだろう。
「おい?」
「してねーよ。お前らほどは」
「てことはしたんだ? キスか? 何かか?」
「たぬとはしたの? その何か」
 動揺を隠して夕香が聞いた。この言葉に墓穴を掘ったのだろう。嵐は押し黙った。月夜
はほっと息をついた。そして静かになった室内に携帯の着信音が響く。月夜は自身のそれ
を見てため息をついた。
「誰?」
「和弥からだ。さっきぶち切りしたのにな」
 肩を竦めると寝室に戻り電話を取った。先ほど執務室に向かった時かかってきて切った
のだがよほど急ぎの用だそうだ。溜め息を吐いて電話から聞こえてくる声に耳を傾けた。
がやがやとなにやら言い争っている声がバックに和弥の低い声が聞こえてきた。
「藺藤か?」
「ああ。なんだ? さっき切っただろう」
「何も聞かずにぶちぎるのやめろって。電話代もったいない」
「上官の所に行っていたからなしょうがないだろ」
 開口一句責めだった。それに問題なく応じると本題に入るように促した。そして言われ
たのは頭の片隅にもなかった事だった。
「十月に文祭あるべ? それの準備してんだけどさ」
 最近高校に言っていなかったお前はわかんないかも知んないけどさと前置きされて言わ
れたのはこれだった。思い返してみると文化祭まで後二ヶ月切っているのだ。
「何すんの?」
「いや、出し物しようってことなんだけど劇かダンスかわれてて」
「二つやっちまえばいいじゃん」
「そう決まってんだけど、藺藤と日向、何処に入れるかって揉めてんの」
 その言葉に溜め息を吐いた。そして少し待ってろと電話を置いてダイニングの方にいる
夕香によびかけた。
「おい、学校行くぞ」
「は? 何で?」
 文祭で揉めてるらしいと一言告げてまた寝室に向かった。そして制服を取り出して着替
えると電話を取って今から向かうと言ってから電話を切った。嵐はいじられるのがいやら
しくとっとと逃げたらしい。
「どう言うことよ?」
「文祭の出し物で、俺達学校行ってなかったからどこに入れようかもめてんだって。まあ
お前は適当に入れとけばいいだろうが……」
 これから予想されるだろう女子たちの舌戦に溜め息をついて夕香を着替えに行かせて原
チャリに乗り込んだ。ノーヘル二ケツするつもりだろう。



←BACK                                   NEXT⇒